昨日葬式が終わった。初喪主。喪主のこともぬしって読んでたよな初め。
今日はテレワークだったけど一個も仕事しなかった。
葬式はまじで限られた人間しか呼ばず、しかしそれでも姉の同級生のお母さんが来てた。
誰!!?!と思って曖昧に来てくれてありがとうございます、といったけど、めっちゃびびった。
どうやって知ったんだよ。
姉の友人のお坊さんのDに焦って聞いたら、葬式ではそういうことが度々あるらしい。だから○○家の葬儀、みたいなやつ出すか出さないか聞かれたのか。盲点。
母の友人が、わたしを見た瞬間泣きながらハグしてきてびっくりした。
「Rさんから聞いてた、いつも自慢してたよ。文章がうまくて自慢の娘で、いつもリュックにたくさん本いれてたっていってた」
「会ってすぐわかった、思ってた通りの娘さん」といわれて、そんなこといってたんだと驚いた。
リュックというのは、たぶん小学生の頃とかの話だろうか。いつも本借りてたから。
本読みながら帰ってたのがバレてバチクソにきれられたことあったしな。
すごくまともな、感じのいい美人な人だった。こんないい友人がいて、なんでこの人からいい影響を受けなかったんだろうと不思議だった。
一時間しか寝れなくて、でも意外と眠くなかった。気が張ってたのかもしれないけど。
Dに、おまえ元気そうやん、といわれたけど、まあ当然である、べつに悲しい顔をわざわざ見せたくないし、打ち合わせながらマック食べていい?とかいったからだけど。
でもみんなばかだ、元気に見えるだけで普通にめちゃくちゃ傷ついてるわボケ。
わたしだってしんでほしくなかったし、といったら口を開いた途端にぼろ、と泣いてしまって、泣きたないねん化粧崩したくないねん!となってしまった。
Dがティッシュをくれたので、やっぱお坊さんって持ち歩いてるんだ?とか思った。
母の戒名の由来を教えてもらって、生前の彼女にない要素をたくさんいれてくれてんだなーとおもって、少し面白かった。
つらさとかとは別で、シンプルにそこは面白いし興味深いからいろいろ聞きたかったけど、まあそういうところが誤解されるんだろうなと思う。
でもさーおもろいじゃん、戒名のランクで死後住むところの位が変わるとか知らなかったし。
喪主だけど、わたしは絶対いらないこと(わたしにとってはいらなくないし、本音でしかないが、しかし他の人からしたらぎょっとするようなこと)しかいわない自信があったので、スピーチとかもなしで、焼香から始める感じにしといてよかったと思う。
父が来て、顔が一気に老け込んでるのを見てぎょっとしてしまった。どうしたんだ。年齢相応のおっさんみたいやぞ、となり、心配になった。
葬儀が始まるときに、Dが鈴?みたいなものを鳴らしながらやってきて、その音だけで、あ、本当にあの世とこの世が分かれるんだな、あの世からの音みたいだ、と思って、ぼろぼろ泣いてしまった。
本当にもう会えないのだ、この葬儀が終わったら、彼女は焼かれて、骨だけになり、そして、もう会えない。
わかってたけど、あんまりだと思った。くそ勝手な女だと思った。
Dのお経はものすごく上手くて、上手すぎて途中で笑いそうになった。なんかミュージカルというか、オペラ?すごくて。ハカ的な感じもあった。
平坦なお経のイメージだったから、その迫力に笑うシーンじゃないのに笑いかけて、そしたら姉も泣いてんのか笑ってんのかわかんない声だしてて、絶対こいつ泣いてる!!と思ったら、まじで笑ってはいけない葬式24時間みたいになってしまった。
あとから聞いたら、やっぱちゃんと笑ってた。
笑うのと泣くのがごっちゃになって、苦しかった。
父曰く、聞いて一発ですごい力量だとわかるお坊さんだったみたいで、修行がいかに大変だったかとか前によく聞かされてたけど、本当にちゃんと修行してたんだなーと思った。
そして、お経も自殺した人用のものだったらしい。
すごい。でもそだよね、なんか口語というか、こんなワードあるっけ?というような言葉がちょくちょくあった。
唇に微笑みをたたえて、とか。
Dと母はお互い自殺未遂してたこともあるし、そういう意味でもシンパシーがあったんだろう。
姉が、読経のときD泣きかけてたところあったね、といってて、でもわたしは気づけなかった。それぐらいすごく上手かったし、あと読経の間、Rの遺影を見てたらムカつくなやっぱ、という思いが沸き上がってきて。
いやなにのんきにわろとんねんこの女。
遺影はバチイケの明るい、GALですか?というような写真を姉と選んだ。旅行のときの、花も頭にあって、ピースしてるやつ。
340万のバカ高いプランにしただけあって、ひまわりや他の花もたくさんあって、すごく豪華できれいなセッティングだった。
だからこそ、この女…という気持ちが沸き上がり、目をつむっても、浮かび上がるのはいろんな嫌なシーンで、10回に1回ぐらいたのしかったシーンがよぎると、それがつらくて、また泣いてしまった。
でも少ない。めちゃくちゃ。
彼女に最後に安心して抱き締めてもらった思い出も感覚も全然ない。姉や過去の恋人に抱き締めてもらって安心した感覚や思い出は容易く思い浮かべられるのに。母のその感覚だけがない。
喪主の焼香のやり方に自信がなかったので、葬儀会社の担当に前日に教えてもらったけど、で、やり方は簡単だったけど、お辞儀する時点でめちゃくちゃ涙が出た。
焼香中も手が震えた。悔しくて、ムカついて、悲しくて、なにわろとんねん、と遺影に腹が立った。
父も母も年のわりに顔がよくて若々しいけど、でもそれは親としての責任を請け負うことから逃げてきた人特有の美しさなんだろうなと思う。
特に母は、まるでずっと独身の女みたいなきらびやかさがある。写真写りも昔から一貫してきれいだし、一番。
姉の焼香が終わったときの顔も見て、泣いてて、まあそうよなーとなる。
でもあとで聞いたら、わたしのことを考えて泣いてたらしい。姉が式中にずっと泣いてたのは、母のことじゃなくて、わたしがどんな思いだろうかを考えたらかわいそうで泣いてたらしい。
えーなにそれ、やさし。
「しんでからじゃないとゆいがだいすき、っていえないようにした母が憎い」といっていた。
そうかも。わたしもっといいたかったもんな。だいすきっていって、一緒にもっと遊んだりご飯行きたかった。姉みたいに。
人数が少ないから式もさくさく進み、花を手向ける段階になって担当さんに顔を見ますか?といわれたけど、やっぱりこわくて、一旦苦笑いで辞退した。
だってさー!!絶対ちがうじゃん!!!顔!!!エンバーミングだとて!!!50階相当って150~180メートルだよ!?復元できないだろ!!!
布で隠されてても口元が見えていて、だけどその厚化粧の感じとか引き締まった唇とか、もう生きてない空っぽの肉体だとわからされてしまって、きつくて、少し遠目で他の人たちが花を手向けるのを見ていた。
でもやっぱちゃんと見ないと実感が湧かないとおもって、親族のターンが終わってから、顔を見た母の友人のターンで薄目で見たら、ドブスすぎて笑ってしまった。
見る影もない。誰やねんあれ。
泣き笑いで姉に、絶対見なくていい、ブスすぎる、と笑いながらいったら、絶対見ない、といっていて。
父にもやめといたほうがいい、といったら、元から見ないつもりだったといってて、まあそうだろう。
離婚してからも、犬猿の仲のような感じだったのに、しんだと連絡したら凄まじいショックを受けて、なんか老け込んでた男だ。
ほんとに恋愛として彼女が好きで、でもうまくいかなかったんだろう。
母のような破天荒で無邪気な女は、つまらない人生を過ごしている男に夢を見させられる。マニック・ピクシー・ドリーム・ガールである。
愛嬌がある女はたいていそういう性質もあるだろうけど。
わたしも学生の頃に自傷的にそういう振る舞いをしていたなと思う。今はそうしたくならなくて、しあわせだと思う。
しにたくもならなくなり、つらいときに男を召喚したくならなくなった人生。
母も面食いじゃなければ、懐のでかい金のあるおっさんと再婚してたら、まだもう少し生きてたんだろうか。
しかし、父も岡田もそうだが、そういう破天荒な女を自分のつまらない生活のスパイスにしようとする男は、結局その破天荒さが思いもよらないつよさだと、耐えられなくなるのだ。
まあ、つーかわたしもむり。母はカウンセラーがいってたとおり、自己愛性・境界性パーソナリティ障害ともまた少しちがう、本当に脳のネジが7本ぐらい抜けてバグがある脳で生きてきた個体なんだと思う。
つーかそれでよく60年以上生きたな。すげーよ。
あんなに美しかったのに、美に執着してたのに、それすら守れずに、なにもかもから逃げて死んだわたしの母。
愚かな女。
美しさだけでは運用できなくなり、自分の業に潰された女。積み重なってきた自分の愚かさを内省せず、そして老いに不安になり、娘に嫌われてると本当に理解し、理解したからこそ飛び降りた。逃げた。
とても彼女らしい死に方だと思う。派手で、馬鹿で、げんなりさせられる。いつだってそうだった。
花やお菓子を敷き詰めていくときに、泣きながら綺麗ねえ、といって布をとった麗子ママのせいで、姉が母の顔を見てしまい、失笑していた。
ブスすぎて、見る影もなくて、情けなくて笑うしかなかった。河童っぽいっていった意味わかった、といってて、ほんまにな。
麗子ママは何度も顔を触ってて、すげーよあんた!!!なんで!!?!
身内のほうがやっぱりきついんだろうか。きついと思ってても友人だと失礼にあたるとおもって目をそらせないだけなんだろうか。
でもみんな顔を近くで覗き込んで、きれいよ、きれいだったときのRさんを覚えてるよ、といってて、やさしーなーとおもった。
ドブスだよーと泣きながらいうしかなかったおれら。
だけどやっぱり涙はぽろぽろ出てきて、参列者が駐車場に向かい、身内だけになり棺の蓋を閉めるとなったときに、手を握りたい、と伝えたら、白い手袋に包まれた彼女の手があって。
これももしかしたらちぎれてばらばらになったのかもしれないけど、でも、触れたらちゃんと手だった。エンバーミングで綺麗にしてもらえたんだと思う。
触れたら、どぱどぱ涙が出てきた。Rの手だった。細くて少し骨張っていて。
わたしをたくさん傷つけてきた手。わたしをたくさん傷つけてきたあの唇。
あなたがわたしにくれたものは、傷ばかりだった。
なのに、それでもあなたの手に触れたら、あなたが今わたしの手を握り返してくれないことがつらかった。
お母さん、と初めて葬式のなかで呼んだ。
お姉ちゃんも手を握っていて、あのとき手握りたいっていってくれてよかった、といっていた。
てか参列者がいるタイミングでいえばよかった。ミス。みんなも手握りたかっただろうな。
お姉ちゃんが、「ママの娘でよかったよ、ゆっくりやすんで、だいすき」といっていて、わたしはどれもいえなかった。
でも最後だから、お母さん、だいすき、といえた。
娘でよかったよ、は、後づけでよくできた自分の努力が主だし、ゆっくりやすんで、に関しては、まあ思うけど、やっぱムカつくのがでかすぎて。
棺の蓋が閉まってからのほうが、ずっと触れやすかった。Rに触れられない分、わたしがRにしてもらいたかった分と同じぐらい、たくさん撫でていた。
火葬場でもぎりぎりまで棺に触れていた。
火葬ってぐろいとおもう。なぜわざわざ焼くんだ。土葬じゃあかんのか。
まあわかるんだよ、疫病の蔓延を防いだり土地のサイズ的に云々とかあるんだろうけど。
でもきつくね??ハードじゃね???骨拾わすのとかも。
コロが亡くなったときに、こんなかわいくて愛おしくて大切な生き物が、こんな暗くて熱いところで焼かれていいはずがない、と思って、苦しくて、かわいそうで、たくさん泣いた。
Rに関しては、かわいくて~とかは全く思わなかったけれど、
でもいかないで、と思った。
コロを見送ったときと同じ。おいていかないで。いかないで。
最後に少しだけ棺をハグして、でもやっぱり人の目があるからそんなにできなかった。たぶん人いなかったらもっとびょおびょお泣いてすがりついてた可能性がある。こわ。
Rの体が焼かれていく。わたしや姉や、ほかのひとたちの書いた手紙。たくさんの花。好きだったお菓子。たくさんのフルーツ。一緒くたに焼かれていく。時間をかけて、丁寧に、きれいな骨になるように。
ご飯を食べている間に、姉と遺影にビールを注いで置いた。
そのときに、まあでも今焼かれて暑いだろうから、ビール飲めてうれしいだろうね、Rサウナすきだったし、といったら、なんてこというねん、と引かれて、なんでやねん、と思った。
まゆが娘を連れてきてくれてて、かわいいがきんちょだった。
全然緊張しなくて、おちゃめで、たくさんわらって、わたしにもすぐなつく。
わたしがこどもの頃と全然ちがった。適切な出力で愛されてる自信を得ながら、かわいがって育った子ども。
新鮮だった。
わたしはいつも母の顔色を見て、全然泣かない、人見知りの子どもで、だから黙ってて手がかからなかったと聞いたことがある。そりゃそうだ、怖かったんだから。捨てられるのが。
麗子ママが、Rちゃんはひまわり、太陽みたいな人、と何度もいってて、よくいいすぎじゃねー!!?!と思った。
そんなからっとしてないよ、あの人。
でも話を聞いてる限り、そして参列者の反応を見る限り、本当にそうだったんだろう。
家族以外には、明るくて前向きで愛嬌に溢れた姿だった。わたしたちには、凄まじい粘度と湿度だったのに。
梅雨とかヘドロみたいなイメージなんですけどねこちとら。
わたしも彼女のいいところをもっともらいたかった。見たかった。
麗子ママが泥酔して、骨を食べたいとかきしょいことをいっていて、おいおいおいまじかよこのババア、と思ったが(この女も大概頭がおかしい、すきだけど)、わたしも姉がしんだらそういうこといいそう、と思ったりした。
スナックみたいに食べながら、親族以外のを食べたのは初めてだ、といっていて、そらそうやろうな…となった。
石灰の味らしい。なにそれ?チョーク?
岡田は、母の友人から葬儀にいく資格がない、といってたらしく、それを聞いて「そのとおりです」といったら、友人の人は驚いていた。
だってそうなんだもん。自分の人生のスパイスに使ってんじゃねーよ、である。
あと男って、元旦那とか元恋人でも葬儀で会ったらなんかきしょい感じになりそう。しらんけど。
Dに結婚どーなん、と聞いたら、おい、って呼ばれてる、といってて、なんか地獄みたいでつらすぎた。
あんた跡継ぎのために好きじゃない女と結婚するから…
今回のRの自殺で引っ張られないか心配である。
いいやつなので、しんでほしくない。
そして、いいお坊さんだからこそ、これからどんどん知人に葬儀のたびに声をかけられて、何度も読経をするのかなと思うと、つらいなと思う。
父親が亡くなっても、きっと彼が読経するだろう。
泣きたくても、咽び泣きたくても、母へ読んでくれたお経のように、プロ意識を持ってすばらしい読経をするんだろう。
Rの人徳というか、人としてのよさとは相反するような、すばらしい飾りつけと、すばらしいお坊さんの式だった。そこもRらしい。
火葬場から戻るときのバスで、姉が「めっちゃママのことすきだったんだなって思った」「たぶんわたしよりあなたのほうがつらいと思う」といわれて、初めてそうかも、と思った。
しんでからしか、娘がだいすきだといえない関係性を築き上げてきた母。馬鹿な女。馬鹿な親。
愛情が、愛情じゃなくて、支配と執着と、不安でがんじがらめになっていた女。
結局あの人は自分が一番だったのだ。まあわかるけどね、一番かわいいし自分が。
髪を切ろうとおもう。黒にしたけど気分をあげたいから金髪にしたい気分。とりあえずジェルネイルは予約した。
わたしはあなたのなんだったんだろう。愛されていたんだろうか。わたしはあなたの人生のどんな立ち位置にあったんだろうか。所有物という以外で。
まゆが、結婚は尊敬できるところがある人にしろ、といってて、わたしは、今夫がすがりついてくるから別れてないだけで、そうじゃなかったらすぐにでも離婚したい、だけどこの子に出会えたからそれでよかった、と娘を見ていっていて、
Rはそんなの思えなかったんだろうなーとおもう。
この子たちがいるから頑張れる、この子たちがいるからわたしの人生はめちゃくちゃ、その狭間をずっと揺れ動いて、ずっと他責にしてたんだろうな。
死ぬ少し前に、わたしの人生なんだったんだろう、と姉にいってたらしい。
なんだったんだろう、じゃねーよ。おまえが決めるんだよダボ。
わたしは、あなたにはまだまだ会えない。わたしの人生に忙しいし、たのしいことがこれから先もあって、学生の頃のしんどさもしにたさもなくて、毎年人生が好きになる。自分のことも。
また自分に生まれたいぐらいには。
あなたに奪われたもの、健やかな心身、自尊心、誰かを愛せるという自信、愛されるという感覚、人を信頼する力。
それらを自分で再構築してきた。
奪ってきたばかりの人には、なにも返せない。与えられない。
だけどわたしはあなたがすきだった。愛していた。
憎くて殺したい気持ちと、それでもあなたに見てもらいたい気持ちで引き裂かれそうで、あなたのせいでしにたいと思いながら、生きてきた。
もうこれ以上あなたを嫌いにならなくていいことがうれしい、
そして、最後まで逃げたあなたが情けない。
だけど、ちゃんとわたしや姉にしてきたことのツケを感じて、それに耐えられずしんだあなたが、化け物みたいだったあなたが、最後にちゃんと人間に戻ってくれて、そうしてしぬことを選んで、
それでよかったのだと思う。
あなたの人生の最高得点を叩き出せたのだと思う。
愚かな母。情けない母。
わたしが、生きてる間、お母さんと呼ばなくなってから、ずっと名前でしか呼べないままで勝手に50階から飛び降りてしんでいったあなた。
骨だけになったあなた。
もう会えないあなた。
わたしが本を読んで、日記を書いて、文章を書くことを褒めてくれたあなた。
わたしが29年間、ずっと文章を書き続けているのは、あなたがくれたものだ。数少ない、あなたがくれたわたしのよさ。
あなたに褒められたくてやっていたことが、いつからかあなたがわたしに与えた傷を癒すために、しにたい夜を乗り越えるためにわたしにとって必要なものになり、
そしてわたしの好きなところになった。
わたしは、もっとわたしの好きなところをあなたからもらいたかった。
たくさんあるいいところ。母からではなく、高校や大学の友人や姉や、先輩、好きな男たちから教えられて、好きになった自分のいいところたち。
わたしのよさを一番知らないのは、母であるあなただ。
ばかめ。
わたしはこれからも、あなたが知らない多くのわたしのよさを使って生きていく。しぬまで。
あなたがくれたものをこれからも使いながら、しぬまで。